スダチを育てて10年、実らぬ理由
スダチを育てて10年、でも咲かない。実らない。
ある年の冬、義弟が鍋パーティーをしに我が家へやってきた。手土産に持ってきてくれたのは、スーパーで買ったスダチのパック。「薬味はこれがいちばん」と言いながら、ぽん酢代わりに鍋にキュッとしぼる。
あの鮮烈な香りと酸味が妙に気に入って、食後に残ったスダチの中から種をいくつか取り出してみた。水に浸けて、小さなポットに植えて、発芽を待つ。そんな軽いノリで始めた栽培だったけど、それから気づけばもう10年が経つ。
種から育てたスダチ、10年目の現在地
最初のうちはかわいらしい双葉だったスダチも、いまでは高さ1メートル近くになった。プランターに植え替え、年ごとに鉢を大きくしながら、枝葉もそれなりに広がってきている。
ただ——
花が咲かない。
実ももちろん、つかない。
ネットで調べると、スダチは実生(=種から育てる)だと、実がなるまでに10〜15年かかるとか。そうか、まだ「その時」じゃないのか…と納得しそうになりながらも、いや、でもなんか違う気がしている。
アゲハ蝶、爆誕
このスダチ、春になると元気に若葉を伸ばす。すると、どこからともなく現れるのがアゲハ蝶だ。
やってくる、とかいうレベルではない。産みにくる。びっしり卵を産みつけていく。しかも一匹じゃない。しょっちゅう入れ替わり立ち替わりやってきて、まるで「予約制」かというくらいスムーズに卵が置かれていく。
気づくと、小さな黒い糸くずのような幼虫が生まれ、ムシャムシャと若葉を食べ始める。中盤くらいから黄緑色に変わり、あの立派なイモムシ姿に。終盤にはほぼ全葉を食い尽くし、夏の終わりには枝しか残らない。

「卵はデコピン」「幼虫は潰せ」?
園芸系のサイトや動画をいろいろ見てみた。柑橘類を育てる人にとって、アゲハの幼虫は天敵中の天敵らしい。
ある人は「卵は見つけ次第、デコピンで飛ばす」と言い、またある人は「幼虫は心を無にして踏み潰すべし」と言っていた。
理屈はわかる。若葉を守らないと、花も咲かず、当然実もつかない。せっかく何年も育てているのだから、その努力を無にするわけにはいかない。駆除は、愛情の裏返し。——うん、わかる。頭では。
でも、できない。
小学校の理科が、邪魔をする
どうしても、できない。卵も、幼虫も、見つけても、しばらくじっと見つめてしまう。
たぶん原因はこれだと思う。小学校の理科の授業。あれが、今になって足を引っ張っている。
卵からかえったばかりの小さな幼虫を虫かごで飼い、葉っぱをあげて、何日も見守り、脱皮を繰り返し、さなぎになり、やがて羽化するまでを観察した、あの夏。
理科室で見た、初めて羽ばたくアゲハ蝶の姿。「きれいだなあ」「がんばって育ったなあ」と思った、あの感覚。
今でも、目の前のプランターでむしゃむしゃ葉を食べるあの幼虫を見ると、なんだかあの時の感動がよみがえってくる。それを、潰す?できるわけないじゃないか。
というわけで、今年も丸裸
そんなこんなで、今年もスダチはアゲハの楽園。4月〜6月の若葉は、彼らにとってのサラダバー。ある程度まで食われたら、こっちも諦めて、「どうぞごゆっくり」と見守っている。
もちろん、葉を失ったスダチはぐんぐん成長するわけでもなく、花の兆しも見せない。
でもなぜか、根元のほうからまた新しい芽が出てきたり、秋になるとこっそり新葉を広げたりして、「あ、まだ生きてるんだな」と、こちらも少し安心したりする。

来年こそは
「実がなるまで15年かかるとしても、アゲハに全部食べられてちゃ意味ない」 わかっている。わかっているのだけど…
来年こそは、少しだけがんばって、せめて卵だけでも…いや、やっぱり無理かな。
せめて、葉を少しでも守れるように、何か工夫をしてみようと思う。木酢液とか、寒冷紗とか、物理的なガードとか。
来年のスダチが、ひとつでも成長できますように。 そして、アゲハ蝶も、できればどこか別の葉っぱで育ってくれますように。



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