「半額セール」という名の狩場で満たす生物としての本能

ストレス解消

何かとストレスの多いこのご時世。仕事に家事に、情報の洪水に、物価高。心がすり減るような感覚を抱えながら、それでも日々は進んでいく。

そんな現代社会を生き抜く中で、僕なりにたどり着いたひとつの答えがある。

──「生物としての本能を、たまに満たしてやる」こと。

狩場はスーパー

日が傾きはじめると、どこからともなく呼ばれるようにスーパーへ向かう。狙うは惣菜コーナー、刺身売り場、そして肉売り場。

もちろん、目当ては半額セール。言ってみれば、ハンターにとっての狩場だ。

言うまでもなく、そこにはライバルたちがいる。彼らもまた、腹を空かせた家族のため、あるいは己の満足のために獲物を探している。勝てるとは限らない。でも、そこがいい。

喜怒哀楽、すべてを受け入れる

狙っていた焼き鳥盛り合わせを他の人に取られたときの悔しさ。思わぬタイミングでシールが貼られ、上質な刺身が手に入ったときの高揚感。焼き魚弁当が残り1つだったときに生まれる目配せと駆け引き。

この一連のやりとりが、どうにもこうにも面白い。

ハムスターと僕と本能

週に1〜2回でいい。この“半額狩り”を習慣にしてみると、不思議と気持ちが落ち着く。狙って、奪って、持ち帰る。たとえ現金で買っているとはいえ、どこか狩りに似た獲得の感覚がある。

生物としての原初の喜び。

「競争し、勝ち、手に入れて、家族に食べさせる」という行動が、心の奥底の何かを満たしてくれる気がする。

ハムスターが回し車をぐるぐる回すのと、少し似ているかもしれない。あれに意味があるかと言えば、たぶんない。でも、走ることで整うものが、きっとあるのだ。

スーパーに足を運び、棚を見て、感情が上下して、選び取って、持ち帰る。
ただの買い物とは思えない、どこか「戦果」に近い何か。

いまは便利な世の中だ。冷房の効いたオフィスで働き、月給をもらい、そのお金で外食する。それも悪くはないけれど、どこか本能が満たされないのだ。

お金を出せば食料は手に入る。でも、それだけでは足りない。もっと原始的な「手に入れる」過程が、僕には必要だった。

神とライバルと、駆け引きの時間

もちろん、世の中には強敵もいる。同じ時間を狙ってくる猛者たち。目を離した一瞬で獲物を持っていく剛腕の手。シールが貼られる直前、まさかの定価で購入していく掟破り。貼る直前に声をかけて貼らせる、経験豊富なテクニシャン。

そして何よりも手強いのが、半額シールを貼る店員という“神”の気まぐれさ

貼られると思ったタイミングで貼られず、反対側の棚に先に行かれる。もう今日はダメか…と思った瞬間に現れるタイムセール。「そうきたか…!」と心の中でうなることも少なくない。

お腹を空かせた家族がいる

戦果を持ち帰ると、子どもたちが「今日これ? やったー!」と嬉しそうに言う。別に手作りじゃない。でも、それでもいい。彼らが喜んで食べてくれるなら、ハンター冥利に尽きるというものだ。

おいしそうに頬張る姿を見て、ふと気づく。

これはたぶん、僕のための儀式なのだ。

原始のスイッチが入るとき

生き物としての回路を一時的に取り戻す時間。
意味なんてなくてもいい。誰に評価されることもないけど、今日も一匹分の狩猟本能を、ちゃんと果たせた。

そして、胸の奥では確かに聞こえる。

子どもを飢えさせてはならない。腹一杯に喰わせなければならない。と本能が叫ぶのだ。

というわけで今日もまた、家族を巣に残して狩りに向かう。実力と運と、そしてちょっとした自分の中の野生を信じて。

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